「自己受容」という言葉を聞いて、少し身構える方もいるかもしれません。
「今のままの自分でいい」と開き直ることのように聞こえるからです。
そう思われても仕方ないと思います。ただ、実際は逆です。自己受容は、変わらないための言い訳ではなく、変わるための出発点です。
自己受容という言葉が誤解されやすい理由
「受け入れる」という言葉には、「そのまま肯定する」というニュアンスが強く含まれています。
だから、こんな連想が生まれます。
自己受容=向上心を捨てること。自己受容=努力をやめること。自己受容=甘やかすこと。
この連想のせいで、「自己受容なんて自分には必要ない」「そんな悠長なことを言っている場合じゃない」と感じる方が少なくありません。
自己受容は、現状肯定でも向上心の放棄でもない
自己受容とは、今の自分を「良い」と評価することではありません。
事実として、そこにあるものをまず認める、という行為です。
たとえば、人との会話で緊張しやすい自分がいるとします。これを「ダメだ」と否定し続けても、「別にいい」と開き直っても、事実は変わりません。緊張しやすい、という事実は事実のままです。
自己受容とは、その事実に「良い・悪い」のラベルを貼るのをいったんやめて、まず「そうである」と認識することです。
認識した上で、そこからどうするかは自分で選べます。変えたいなら変える努力ができます。この順番が重要です。認めることと、そのままでいることは、別の話です。
40代からの自己受容がなぜ難しいのか
40代になると、これまで積み上げてきたキャリアや実績、周囲からの評価があります。
それ自体は誇っていいことです。ただ、その積み重ねが、時に自分の弱さや未熟さを認める邪魔をすることがあります。
「この歳になって、こんなことで悩んでいるなんて情けない」
そう感じたことがある方も多いのではないでしょうか。
でも、年齢とその人の内面の課題は、別の軸にあります。仕事でどれだけ実績があっても、対人関係の緊張が消えるわけではありません。両方とも、同じ人間の中に同時に存在して構わないものです。
今日やること
今日はひとつだけ試してみてください。
自分の中で「認めたくない」と感じている一面を、ひとつだけ思い浮かべてみます。それを「ダメだ」とも「別にいい」とも評価せず、ただ「そういう自分がいる」という一文にしてみてください。
たとえば「自分は人に頼るのが苦手だ」というように。評価も反省も要りません。事実として書き出すだけで十分です。
認めることは、負けることじゃない。次に進むための、最初の一歩だ。
次回は「見たくない自分——弱さを認めると、なぜ楽になるのか」という話をします。自己受容の中でも、特に向き合いにくい部分に踏み込みます。

